国の医療費は抑えたい。でも、ちゃんと診てもらいたい。
2026年01月11日
はじめに 😊
SNSやニュースを見ていると、医療についてこんな声をよく見かけます。
- 「国の財政が厳しいんだから、医療費はもっと抑えるべき」
- 「社会保障が膨らみすぎている。医療が不効率だからじゃない?」
一方で、同じ社会から、こんな不満も聞こえてきます。
- 「病院が混んでいて、なかなか診てもらえないんだよ…」
- 「診察時間が短くて、ちゃんと話を聞いてもらえた気がしない」
- 「予約をキャンセルしただけなのに、冷たい対応をされた」
どちらも、素直な気持ちだと思います。
ただ、この2つは――
同時に解決するのは難しい、というのが現実です。
「国の医療費を抑制する」とは、どういう意味か 🤔
ここで少し、言葉を整理します。
この記事で言う
「医療費を抑える」とは、
患者さんの窓口負担を軽くする、という意味ではなく
国や自治体が負担する医療費全体を、これ以上増やさないようにする
というニュアンスです。
- 高齢化が進む
- 医療技術は高度化する
- でも、税収には限りがある
こうした状況を考えると、
「国の財政負担をどう抑えるか」という議論自体は、
決して極端なものではありません。
むしろ必須だと思います。
国の負担を抑えるために、実際に使われる方法 🧩
では、国が医療費を抑制しようとすると、現実にはどんな手段が取られるのでしょうか。
多くの場合、次のような組み合わせになります。
- 💰 診療報酬を上げない、あるいは引き下げる
- 👛 患者の自己負担割合を増やす
- 🏥 医療機関の数を減らし、機能を集約する
- 👩⚕️👨⚕️ 医療者の人数を増やさない(自然減を容認する)
「どれか一つ」ではなく、
少しずつ、同時に進められるのが特徴です。
その結果、現場と患者さんに起きる変化 🌊
① 診察時間は短くなりやすい ⏱️
診療報酬が抑えられると、医療機関は数を診ることで経営を維持する必要があります。
結果として、
- 問診は簡潔に
- 説明は要点中心に
- 「今日はここまで」が増える
これは、医療者の気持ちの問題というより、制度の帰結です。
② 患者の自己負担は、じわじわ増える 👛
自己負担割合の引き上げや、保険適用範囲の見直しによって、
- 「前より支払いが増えた気がする」
- 「これくらいなら、今回は様子を見ようかな」
と感じる人が増えていきます。
国の財政負担を減らす、という意味では合理的ですが、
受診控えが起きやすくなるのも事実です。
軽いうちに治してしまえば何でもない病気が、重症化して命にかかわることが出てくるかもしれません。
③ 予約やキャンセルに厳しくなる 📅
余裕の少ない運営になるほど、
- 空き時間=そのまま収入減
- キャンセル=経営への影響
となるため、予約管理はどうしてもシビアになります。
④ 待ち時間は、むしろ減りにくい ⌛
医療は、工場のラインのようにはいきません。
- 高齢者の複雑な病状
- 予測できない急変
- 急患の割り込み
こうした要素がある限り、効率化しても待ち時間は残りやすいのです。
海外ではどうなっているのか 🌍
アメリカの場合
アメリカでは、国の医療費負担は比較的抑えられています。
その代わり、
- 医療費の多くを個人や民間保険が負担
- 保険の内容によって受けられる医療が大きく違う
という仕組みです。
結果として、
- 「費用が心配で受診を控える」
- 「後から高額な請求が来て驚く」
といった話は、珍しくありません。
ヨーロッパの国々では
ヨーロッパでは、国が広く医療費を負担する代わりに、
- かかりつけ医を必ず経由
- 専門医や検査まで数週間〜数か月待つ
という仕組みを持つ国があります。
自己負担は軽くても、「時間」という別のコストを支払う形になります。
日本の医療は、実はかなり特別
日本は、
- 国の財政負担が大きい
- 比較的低い自己負担
- 自由に医療機関を選べる
- 比較的早く受診できる
という点で、国際的に見ても珍しい位置にあります。
ただしそれは、診療報酬を抑え続け、医療者の努力で支えてきた部分もあります。
物価が高くなってきて、いま全国の病院が経営難に陥っていますが、今まで現場の努力で何とかしていたものに限界が来た結果、ともいえるでしょう。
何を守り、何を受け入れるのか 🧠
- 国の財政負担を抑えたい
- 将来世代へのツケを減らしたい
- 患者の自己負担を増やすこともやむを得ない
そう考えること自体は、決して間違いではありません。
ただし、その選択には、
- 診察は短くなる
- 待ち時間は残る
- 支払いが増える場面がある
という結果も、同時に引き受ける必要があります。
おわりに 🌱
「国の負担は抑えたい」
「でも、今まで通りの医療を受けたい」
この2つの願いの間には、どうしても緊張関係があります。
どんな医療を社会として残したいのか。
そのために、
誰が、どの形で負担を分かち合うのか。
これは医療者だけの問題ではなく、
私たち一人ひとりに関わる話なのだと思います。







