昔は床屋さんで抜歯!? 「歯の鍵」が使われていた時代🦷🔑
2026年09月20日
「抜歯」と聞くだけで、ちょっと身構えてしまう方も多いですよね😨
でも、現在の抜歯は、昔と比べると器具も麻酔も技術も大きく進歩しています。
そこで今回は少し時代をさかのぼって、現代では考えられない「昔の抜歯」の世界をのぞいてみましょう👀✨
もし数百年前のヨーロッパに生まれていたら、歯が痛くなったときに向かう先は、歯科医院ではなく「床屋さん」だったかもしれません。
しかも、歯を抜く道具の名前は、なんと「歯の鍵(デンタル・キー)」。
いったい、どんな治療だったのでしょうか?
✂️「髪を切りますか? 歯を抜きますか?」
中世から近世のヨーロッパには、「理髪外科医(barber-surgeon)」と呼ばれる人たちがいました。
名前のとおり、髪を切ったり、ひげをそったりするだけでなく、傷の手当てや瀉血などの外科的な処置、そして抜歯まで行っていました。
18世紀半ばごろまでは、この理髪外科医が歯科的な処置の主な担い手の一つだったとされています。[1]
現代風に言えば、
「今日はどうしましょう?」
「前髪を少し短くして、ついでに奥歯を一本お願いします」✂️🦷
という世界です。
なんとも不思議な組み合わせですね😲
ただし、現代の普通の床屋さんが、散髪のついでに歯を抜いていたと考えると少し不正確です。
当時は現在のように、医師、外科医、歯科医師という職業が明確に分かれていませんでした。理髪外科医は、刃物やさまざまな器具を使って、身体に直接処置を行う専門職でもあったのです。
また、現在のようなむし歯治療や根管治療が確立していなかった時代には、ひどく痛む歯への対処として「抜く」ことが重要な選択肢でした。
🔑歯を抜くための「鍵」があった!
18世紀になると、抜歯に「デンタル・キー」あるいは「トゥース・キー」と呼ばれる器具が広く使われるようになります。
日本語にすれば、そのまま「歯の鍵」です🦷🔑
その道具が文献上確認できる古い記載は1742年。
そして1754年のフランスの文献には、「鍵」を意味する名称で登場します。[2]
デンタルキーは、持ち手と金属の軸、その先に付いた爪のような部分からできていました。
その爪を歯に引っかけ、反対側を歯ぐき付近に当てて支点とし、鍵を回すように器具をひねって歯を外します。
名前が怖いだけでなく、使い方もなかなか豪快です……😱
⏱️なぜ、そんな道具が使われていたの?
麻酔がなかった時代には、できるだけ短時間で歯を抜くことが求められました。
そのため、歯が早く抜ける道具であったデンタル・キーが、100年以上にわたって広く使われたのです。
しかし、歯に回転する力をかけるため、歯が途中で折れたり、歯ぐきや顎の骨を傷つけたり、ときには隣の歯まで動かしてしまうことがあったようです。
歯科史家から「危険で野蛮な器具」とまで評されています。[3][4]
鍵を回したら、目的の歯だけでなく、隣の歯まで……😨
ということも、実際にあったようです。
そう考えると、現代に生まれたことが少しありがたく感じられますね🍀
✨抜歯は「力任せ」から「できるだけ傷つけない」へ
19世紀になると、それぞれの歯の形に合うように作られた抜歯鉗子が発達し、デンタルキーは次第に使われなくなりました。[2][3]
もっとも、昔の人たちが、ただ乱暴だったわけではありません。
麻酔もレントゲンも十分な治療法もなかった時代に、少しでも短時間で痛みの原因を取り除こうと工夫した結果、生まれた道具でもあります。
そして現代の抜歯は、「道具をかけて力任せに引き抜く」というものではありません🙅♂️
レントゲンなどで歯根の形や周囲の状態を確認し、麻酔を十分に効かせ、歯や骨の状態に応じて器具や方法を選びます。
必要であれば歯を分割するなど、周囲の組織をできるだけ傷つけずに取り除く工夫も行います。
床屋さんで「デンタル・キー」を回していた時代から考えれば、抜歯の技術は大きく進歩しました😊
それでも、怖いものは怖いですよね。
そんなときは、どうぞ遠慮せずに、
「抜歯が怖いです」
とお伝えください。
現代では、歯を抜くことだけでなく、その不安を少しでも軽くすることも、大切な治療の一部なのです🦷🌿
📚参考文献・出典
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%86%E9%AB%AA%E5%A4%96%E7%A7%91%E5%8C%BB
- https://en.wikipedia.org/wiki/Dental_key
- Lenart K. Dental Keys. Delaware Journal of Public Health. 2018.
- Hyson JM Jr. The dental key: a dangerous and barbarous instrument. Journal of the History of Dentistry. 2005;53(3):95–96.







